第6回東京アンデパンダン展

2 Gardiens


「東京アンデパンダン展」は
真の表現の自由を追求するアーティストのための
無審査・自由出品の公募展です



第6回東京アンデパンダンは、

‖ 展覧アンデパンダン(展覧会)
‖ 入札アンデパンダン(人気投票+販売)
‖ 説明アンデパンダン(出品作家による作品説明会)
‖ 上演アンデパンダン(オープニングパーティにおけるパフォーマンス上演)

の4つのアンデパンダンを開催いたします。

東京アンデパンダン展への出品を希望される方は… >> 応募要項
東京アンデパンダン展を観覧されたい方は… >> 展示案内
これまでの東京アンデパンダンについて知りたい方は… >> アーカイブ
東京アンデパンダン展に関するお問合せは… >> お問合せ


※第1〜3回の開催会場であったgallery COEXISTは、2012年にgallery COEXIST-TOKYO/EARTH+GALLERYとして木場にリニューアルオープン致しました。東京アンデパンダン展は2013年以降も引き続きEARTH+GALLERYを開場に開催しております。

■「入札」アンデパンダンとは
本当の人気とは何でしょうか。「真の人気」とは「身銭を切っても入手したい」という人がどのくらい現れるかによって測られるものではないでしょうか。観客の方々には「身銭を切っても入手したい」出品作品に1円以上の任意の値段をつけて入札して頂きます。観客1人が何作品に入札しても結構です。その価格で作家が販売してくれるかどうかは分かりませんが、各作品への最高額を入札した方には、作家がその価格に納得した場合、実際に販売してくれる可能性があります。作家が「価格交渉次第で販売してもよい」と考えた場合には、東京アンデパンダン展実行委員会が入札者との間で交渉を斡旋します。「身銭を切っても入手したい」という人が最も多く現れた作品の作家が個展開催の権利を手にします。

■「説明」アンデパンダンとは
プレゼンテーション•カフェなど、アートも含む様々な業種•分野で、参加者が自主的にプレゼンテーションする催しが方々で行われています。プロ•アマチュアの区別なく制作にかけた思い、伝えたい思い、これらは出展者が共通に持つ物でしょう。
東京アンデパンダン展オープニングパーティにて、その思いのたけを出展者が語ります。
■「上演」アンデパンダンとは
歴史上有名な「読売アンデパンダン」では風倉匠が自らを展示物として「事物」という展示を行いました。パフォーマンスの出展です。これは物議をかもしました。果たして、アンデパンダン展において、展示物は絵画や彫刻であるとはいったい誰が決めたのでしょうか。上演は展示ではないのでしょうか。絵画や彫刻の作家だけでなく、パフォーミング•アートのアーティストたちもまた発表の場を求めています。「東京アンデパンダン展」は、こうした上演者に自主参加上演の機会を提供します。10月4日のオープニング•パーティーではパーティー参加者の前で自主上演することができます。
制限時間は1名20分。これから演者として立ち上がっていきたいエマージング•アーティストも歓迎です。



二十一世紀初頭のアンデパンダン展のための檄文(第6版)



「アンデパンダン展」(salon des artistes independants)とは、出展審査が保守的であったフランスのサロン展から締め出されたジョルジュ・スーラ、ポール・シニャックらが1884年に考案した、出展料さえ支払えば誰でも出展でき、かつ褒賞や出展資格区分で作品や出展者への評価を行わない展覧会の形式である。この展覧会形式は、サロン展に代表される当時の公募展の仕組みに対して憤懣を持つ人々の共感を集め、世界各地で採用された。その例として、マルセル・デュシャン(1887-1968年)が「泉」(1917年)を出品したニューヨークのアンデパンダン展などがよく知られている。

日本では、第2次世界大戦の終結に伴い、日本美術会が「日本アンデパンダン展」として1946年に導入した。真の表現の自由を確保し得る展覧会形式として、戦争協力(戦争画等)と引き換えに画材の配給や展覧会への出展が認められていた戦時体制へのアンチテーゼとして、同会の活動方針に係る激しい議論の上に採用された展覧会形式であった。その後、読売アンデパンダン展や、武蔵野アンデパンダン展などの定期開催が始められ、日本においても典型的な展覧会開催方式のひとつとして定着した。

「artistes independants」(独立したアーティスト)による実行委員会が展覧会を主催するのではなく、「会」の中に実行委員会が存在してアンデパンダン展を主催するという日本的なあり方、併せて、後の自主企画展が自分たちが「会派ではない」ことを示す意味から、敢えて「アンデパンダン展」という名称を冠しない状況はここに始まった。「アンデパンダン展」を名に冠する展覧会が再び増加したのは、数十年の年月を経た二十一世紀初頭のこと。会派に属さず活動するアーティストが一般的となった中で、アンデパンダン展の精神が見直され、原点回帰により名称が復活したのである。

世界は、2008年から2009年にかけて、1929年の大恐慌以来の未曽有の経済危機を経験し、未だ十分に立ち直ったとは言えない状況にある。また日本では、この間、東日本大震災や原子力発電所事故もあって、アンデパンダン展や震災復興チャリティをはじめ、自主運営スペースやアーティスト・ギルド、アート塾など様々なアーティスト・イニシアティブ(自主活動)が根付き始めたように思われる。アーティストによる自主活動が当たり前のように行われ、この様な檄文自体が必要なくなる時代も近い、というのは楽観に過ぎるだろうか。

もとより、アンデパンダン精神の根幹をなす「自主独立」は、権力にも商業主義にも妨げられない「真の表現の自由」を確保するための条件であり、未来に開かれた可能性をもたらすものである。例えば、ニコニコ動画もYOUTUBEもUSTREAMも、同様の原理に基づく自主投稿の仕組みである。モバイル端末とインターネットにより実現したユビキタス(いつでも、どこでも、だれでも)社会、有体物よりも液晶画面の中にリアリティを紡ぎだす現代世界の中でも、アンデパンダン展なるものは、如何様にも展開できよう。

このような社会状況において、世界が進んでいくであろう未来を見据えながら、アンデパンダン展を開催していく意義は高いものと思料し、引き続き全国の同志とともに組織していくものである。

ー二十一世紀初頭のアンデパンダン展発起人 深瀬鋭一郎ー